日曜日の深夜12時過ぎに、急に母がお酒が飲みたいと言い出した。
いや、普段はぜんぜん飲まない人なんだ。
でも、認知症になってから、ときどきお酒を飲みたいというようになってきた。
日曜日の深夜だから、翌朝はデイサービスに行くから、ぐっすり眠ってもらいたい。体に合わないであろうお酒を飲んで眠れなくなってしまっては困るので、本当は缶ビールが少し台所の貯蔵棚にしまってあるんだけど(妹が置いていったのだ),気づいてほしくなかった。
「つとむ、酒ある?」
「・・・・お酒は、ないよ」
しかし母は台所に降りて行った。そのあと僕がお茶を入れるために台所に向かうと、母がシュークリームと一緒に湯呑に液体を入れてお盆に載せて自分の部屋に戻ろうとしていた。
「お母さん、それなに?」
「コーヒーだよ、コーヒー」
「コーヒー飲むと眠れなくなるよー」
しかし母が湯呑の中に入れていた液体の色はどう見てもコーヒーではない。お茶のような色をしている。しかし泡が立っている。そしてプーンと強烈な香りが鼻の中に飛び込む。アルコールの匂いだ。やっぱりビールかー。
しかし、まあなんと可愛いこと。子供みたいな嘘を付いている。認知症になる前は頭脳明晰で上品で気丈な母親だったのだから、あの頃とは真逆の行動だ。
人間は生まれて赤ん坊から成人へと成長してその後も成熟するんだけど、年を取りすぎると今度は後退が始まってどんどん子供化していく。認知症になると、子供化が加速する。あのしっかり者の母親がだんだん子供化して、子供だった僕が自分の母親に対して自分が親であるかのように窘める。
二、三年前くらいから、それが親子の関係なんだなあって気づいた。
まあ、「酒は百薬の長」というように、適度の酒はむしろ体には良い。ビールを飲んだ後の母は機嫌が良さそうだった。不安を忘れてぐっすり眠ってくれれば、それでよい。